人工鼻(HME)とは?喉頭摘出後の役割・費用・保険適用・助成制度をやさしく解説
永久気管孔の呼吸を守る小さなフィルターと、負担を軽くする制度の話

喉頭摘出の手術を受けると、呼吸は鼻や口ではなく、首もとの「永久気管孔」から行うようになります。そのとき鼻が担っていた空気の加温・加湿・ろ過の役割を代わりに引き受けてくれるのが、気管孔に装着する小さなフィルター「人工鼻(HME)」です。
毎日使う消耗品なので、気になるのは費用のこと。実は2020年9月から健康保険の対象になっていて、支払いは材料価格の1〜3割で済みます。それでも、このしくみはまだ十分に知られていません。保険で受け取るまでの流れと、自治体の窓口で伝える品目名まで、順に確認していきましょう。
人工鼻とは — 鼻の代わりに呼吸を守るフィルター
鼻には、吸い込む空気を温め、湿らせ、ほこりを取り除くはたらきがあります。喉頭摘出後は、空気は鼻を通らずに永久気管孔から直接気管へ。その結果、痰が増える、咳き込みやすくなる、呼吸器感染のリスクが上がるといった問題が起こりやすくなります。
そこで使うのが人工鼻(HME: Heat and Moisture Exchanger、熱湿交換器)です。永久気管孔に装着する使い捨てのフィルターで、息を吐くときの熱と水分を内部に蓄え、次に吸う空気へ返す。この繰り返しで、鼻に近い加温・加湿を取り戻します。
装着のしかたはシンプルです。気管孔のまわりに貼るシール(ベースプレート)などの専用の接続器具に、人工鼻をはめ込むだけ。本体と接続器具がセットで処方されるのが一般的です。
つけると何が変わる — 朝の痰と咳がやわらぐ
毎日使い続けると気道の乾燥がやわらぎ、痰や咳き込みの軽減が期待できます。メーカーの資料では、息を吸うときに適度な抵抗が戻り、呼吸のしかたが鼻呼吸に近い状態へ近づくことも示されています。喉頭摘出後に上がりやすい呼吸器感染のリスクに、日々備える意味でも心強い道具です。
さらに、ほこりや虫の侵入を防ぎ、首もとの気管孔を目立ちにくくしてくれる役割もあります。効果の感じ方には個人差があり、通気のしやすさや保湿力は種類によってさまざまです。日中の活動用・就寝用・シャント発声の方向けといった選択肢から、主治医や看護師と相談して自分に合うものを選んでいきましょう。
費用と保険適用 — 2020年9月から健康保険の対象に
以前の人工鼻は全額自己負担で、月2.3〜2.5万円ほどの出費が続くことが大きな負担でした。2020年9月1日から、喉頭摘出をした方が使う人工鼻と関連製品は「人工鼻材料」という特定保険医療材料になり、医師の処方箋があれば保険薬局で受け取れるようになりました。対象は喉頭を摘出して永久気管孔で呼吸している方です。喉頭を残した気管切開の場合は扱いが異なるため、主治医に確認してください。
材料価格は国が定めており、標準型の人工鼻は1個492円、気管孔まわりに貼る接続用材料(シール型)は1枚675円。2026年度の診療報酬改定後もこの価格が続いています。人工鼻は月60個まで、接続用材料は月30枚までが保険で処方できる目安です。
材料の値段そのものは、保険適用の前後で大きく変わっていません。変わったのは、支払いが「全額」から「1〜3割」になったことです。人工鼻を1日1個、シールを2〜3日に1枚使う例なら材料価格の合計は月2.2〜2.5万円ほどで、自己負担はその1〜3割(約2,300〜7,400円)に診察料などが加わる計算になります。数量や負担割合で変わるため、正確な金額は主治医と薬局で確かめましょう。
主治医に相談
退院前後の診察で「人工鼻を保険で処方してほしい」と伝えてください。状態に合わせて種類と数量が決まります。
処方箋を受け取る
処方箋には「人工鼻材料」という区分で人工鼻と接続器具が記載されます。この名称が入っているか確認しておくと、薬局でのやり取りがスムーズです。
保険薬局で受け取る
処方箋を薬局に出して受け取ります。取り扱いのない薬局では取り寄せになるため、余裕をもって手配すると安心です。
自治体の助成制度 — 地域差があるからこそ、窓口で確認を
保険適用が始まる前から、一部の自治体は「日常生活用具給付等事業」の品目に人工鼻を加え、購入費を助成してきました。この制度を広げてきたのは患者団体の地道な活動です。銀鈴会は2017年、メーカーとともに東京都内の23の区市を訪問し、人工鼻を給付品目に加えるよう要望書を提出しています。
ただし、内容は自治体ごとに決まります。地域差の大きい制度です。対象者の条件(シャント発声の方に限る等)も、基準額も、保険適用開始後の扱いもそれぞれ違うため、「自分の自治体では対象になるのか」を障害福祉窓口で直接確かめてください。
窓口では「障害者の日常生活用具給付で、喉頭摘出者用の人工鼻を給付しているか知りたい」と品目名まで伝えると、案内を受けやすくなります。あわせて「保険適用分と重ねて給付を受けられますか」も聞いておくと、保険と助成の関係を自分のケースで整理できます。身体障害者手帳(音声機能障害)を根拠に案内される制度もあるため、手帳の申請も検討してみてください。
「知られていない」が一番の壁
人工鼻をめぐるハードルは、道具の使い方だけではありません。喉頭摘出をした方やご家族の公開ブログ・動画を読んでいくと、人工鼻について語られているのは使い心地への不満よりも、費用と情報の悩みです。保険が使えると知らないまま自費で払い続けていた、福祉の窓口で制度の話が通じなかった——そうした趣旨の発信が繰り返し見つかります。患者団体が自治体を一つずつ訪ねて要望を重ねてきた経緯も、裏を返せば、この制度が待っていても知らされにくいことを物語っています。
人工鼻は毎日使い続けてこそ効果が出る道具です。費用を理由にあきらめないでください。まずは次の診察で「人工鼻を保険で処方してほしい」と伝えるところから。退院時の指導で聞きそびれていても、疑問が出るたびに主治医・薬局・自治体窓口に聞いてよいのです。
呼吸の備えと一緒に、「声」の備えも
人工鼻が手術後の呼吸を支える道具だとすれば、手術の前にしかできない備えもあります。あなたの声の録音です。元気なうちに声を残しておくと、手術後もAI音声合成で「自分の声」を使い続けるという選択肢が生まれます。
コエノコは、手術前の声の収録から合成音声の作成までをサポートしています。呼吸のケアの準備とあわせて、声の備えについても手術前に一度ご検討ください。
よくある質問
- 人工鼻はどこで受け取れますか?どの薬局でもよいですか?
- 医師の処方箋があれば保険薬局で受け取れます。ただし、すべての薬局が在庫を持っているわけではなく、取り寄せになることもあります。処方箋を出す前に、かかりつけ薬局へ「人工鼻材料の取り扱いがあるか」を電話で確認しておくとスムーズです。
- 費用は月にどのくらいかかりますか?
- 人工鼻を1日1個、シール型の接続用材料を2〜3日に1枚使う例では、国が定めた材料価格の合計は月2.2〜2.5万円ほどです。健康保険により自己負担はこの1〜3割(約2,300〜7,400円)で、別に診察料などがかかります。数量や負担割合で変わるため、正確な金額は主治医・薬局にご確認ください。
- 月に何個まで処方してもらえますか?
- 人工鼻は1か月あたり60個、接続用材料(シール型)は30枚が保険で算定できる目安です。医学的に必要な場合はそれを超える処方も認められることがあるため、足りない場合は主治医に相談してください。
- 気管切開はしていますが喉頭は残っています。この保険適用の対象になりますか?
- この記事で説明した薬局処方のしくみ(人工鼻材料)は、喉頭摘出で永久気管孔になった方が対象です。喉頭を残した気管切開の方の人工鼻は医療機関側での扱いが異なるため、主治医にご確認ください。
- シャント発声をしていなくても人工鼻は使えますか?
- 使えます。人工鼻は発声方法にかかわらず、永久気管孔で呼吸するすべての方の加温・加湿を助ける道具です。シャント発声の方は、発声時に人工鼻を指で押さえて使うタイプや、手を使わずに話せるタイプを選ぶこともあります。
出典・参考
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